西宮、神戸、大阪、尼崎、宝塚、三田、東大阪、明石を拠点とする岡田 ひさし税理士事務所です。経営者の相談室

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プロフィール

【プロフィール】
昭和40年 4月:神戸生まれ
昭和59年 3月:兵庫県立東灘高等学校卒業(最終学歴)
平成17年12月:税理士試験合格
合格科目(法人税・所得税・相続税・消費税・簿記論・財務諸表論)
平成23年1月:西宮市にて独立開業

私は神戸市灘区で生まれました。
生まれてすぐに、警察官である父の勤務先近くの長田区にある警察官舎に引越しをしました。
長田区といえば阪神大震災で多大な被害を受けたあの長田区です。
当時の官舎は山を切り崩した場所にありました。
そこは当然すぐ裏が山になっていて、近くにはまだ田んぼが残り、造成中の空き地があちらこちらにありました。
子供の遊び場としては申し分のないところでした。
そこで年の違う多くの友達と虫取りをしたり、山の中に秘密基地を造ったりして遊んだ事がその後の人間関係の基礎になっていると感じております。
その後、地元の公立の幼稚園、小学校に入学しました。

私が小学校2年生になる寸前に父が心臓病で急死しました。
39歳でした。
 私の父は情操教育に力を入れていたみたいでハイキング、美術館や博物館によく連れて行ってくれました。
 この影響か、いまでもハイキングは好きですし、博物館などへは家族を連れてよく行きます。
しかし、昭和一桁世代、モーレツ世代の父は非常に厳しい部分がありましたので、口答えなどすることは考えられませんでした。
非常に怖い存在で思ったことを素直に言えないため、父の存在を非常に窮屈に感じることもありました。
そういう意味では父が亡くなるまでに父とは十分なコミュニケーションはとれていなかったと思います。
子供の頃のこの経験があるため、私は、周囲の人に対しては公私共に出来るだけ気兼ねなくお話ししていただけることをモットーとしております。

小学校2年生のときに神戸市灘区に戻ってきました。
この灘区には結婚するまで住んでおりました。
地元の中学校を卒業後に東灘区の高校へ入学しました。
高校では、自然科学部と写真部に入部しました。
自然科学部では放課後、学校周辺の自然調査と称して部員みんなで釣りをしておりました。
また当時、写真部では今と違って現像するまでは写真の出来不出来は判りませんし、現像代を意識しながら撮っていました。
デジカメとなった今は、現像代を気にせず何枚でも撮れますし、すぐに結果が判りますので、まさに夢のカメラです。
今は携帯電話のカメラで、『身近な今』を映すことをテーマに楽しみながら撮っております。

 高校3年の頃、写真部の部長になりました。
 そこで、独善的に何でも決めていたため部員がどんどん離れていってしまいました。
このときの失敗が「他人の立場になって話を聴く」重要性に気付かせてくれた基点となっています。

私には20代の写真が全くありません(涙)。
普通は人生で一番輝いているのが10代後半から20代だと思います。
私の場合は、高校卒業後に浪人生活に入っていましたが、実際は勉強もせず、また他に打ち込むものも無く、アルバイトでのらりくらりの生活でした。
こんな生活を続けているわりにはプライドばかりが高かったせいで、自分の理想像と現実の自分とのギャップがどんどんと大きくなり、心の中で自信喪失に繋がっていきました。
一時は仕事以外で人と会うのも嫌な時期がありました。
今、プライドにこだわらず、肩の力を抜いて生きてゆけるようになったのはこの悩み多き20代があったからだと思います。

高校卒業後ののらくら生活にピリオドを打って、神戸市内の町工場に就職しました。
しかし、就職した当初はアルバイト気分が抜けず、仕事も出来ないくせに給与の事しか考えておりませんでした。
それが表にも出ていたのか、社長に仕事に対する態度を注意されました。
今思えばそのとき反省出来たのが良かったと思っております。
その後は金銭的なことは考えずに兎に角、一生懸命働こうと考え、無心に働きました。
随分とレベルの低い話ですが、結果的に社長に喜ばれ毎年、順調に昇給もし、約12年の間その会社にお世話になりました。
もしそのときに反発していたら、今の私の人生観は情けないものになっていたと思います。
税理士になってからは、お客様から従業員と経営者の立場によるコミュニケーションの行き違いについてのご相談をたまに受けるのですが、対応策を考える場合に、この会社での経験が役に立っていると思います。
また、この製造現場での経験が、会計実務での原価管理にも役立っていると思っております。

この会社に勤務していた時期に阪神大震災が起こりました。
生活していた実家は半壊判定となりましたが、幸い地震保険に加入していたため、預金を取り崩さずに保険金で修理をすることが出来ました。
勤め先は震度7の激震地域にありましたが、何とか復旧することが出来ました。
しかし、周りの木造家屋はほぼ全滅状態で電気・ガス・水道も壊滅していました。
毎日、潰れた町を通って職場に通ううちに、自分も何か復興の役に立つことをしなければという思いを日々持つようになりました。
震災1年目に広報誌のボランティア募集を見て、ボランティアに応募しました。
そこでは車椅子マップの作成を通して障害者と健常者が一緒になって、バリアフリーの社会を創る活動をしていました。
障害者と健常者が対等に活動していることが当時の私には非常に新鮮で、そのときに多くの友人や、さらに妻とも知り合うことが出来ました。
また、その友人からの紹介でNPO法人の会計指導をさせていただく機会を得て、数ヶ月ですが数件のNPO法人の会計をみさせていただきました。
その当時はNPO法人会計も手探り状態の感がありました。
それから、10年余り経ちNPO法人会計基準も公表されていますが、当時も現在も多くのNPO法人に会計指導が必要であることは変わらないようです。
今、生活介護、就労支援関係のNPO法人のお客様とお付き合いをさせていただくうえで、以前のボランティアの経験が役立っていると思っております。

震災後、職場が復旧したのも束の間、勤め先の工場にも不景気の波がやってきました。
ある日の朝、社員全員が解雇通告を受けました。
親会社からの仕事が前面ストップしたためでした。
その一ヶ月前に日本商工会議所の簿記検定1級に合格し、蓄えもありましたので、しばらくは勉強に専念出来ると前向きに考えることが出来ました。
また、その間、職業安定所主催のパソコン講座を受講しました。
2週間の受講でしたが、そこではワード、エクセルを独学で勉強する方法を教えてもらいました。
現在、私がパソコンを使って仕事が出来るのもこの講座を受講できたお陰であると思っております。

失業とほぼ同時に税理士試験をスタートさせました。
税理士試験は複数科目のうち5科目に合格する必要があります。
必須の会計科目は順調に合格できました。
しかし受験2年目、受験生の多くがぶつかる壁に私も見事にぶつかりました。
それは税法の壁です。
必須の税法科目は膨大な量の文章を覚えなければスタートラインにすら立てません。
そこで書店に行って記憶の本を買いあさりました。
ウラ技的な記憶術の本は前年に失敗しているので、学問的に書いている本をメインに選びました。
読んでいるうちにどの本にも共通して書いている事柄が見えてきました。
これを応用すれば効果があるのではと思い試してみました。
その結果は良好で、その年度の税法に合格できました。
その後、かなり忍耐は要りましたが、楽しく勉強できたと思います。
遅まきながら30歳を過ぎて、努力で結果を出す楽しさを知ることが出来ました。

何件かの会計事務所勤務を経て、経営計画書作成支援をしている会計事務所に就職できました。
ここで、経営計画書の先駆者である一倉定(いちくらさだむ)さんの本に出会いました。
色々と勉強をしていくうちに、税務はあくまで財務の一部であり、税金は経費の一部であるとの考えを持つようになりました。
また、節税を中心に考えると資金繰りの悪化をまねく場合がありますが、財務を中心に考えることにより、資金繰り重視の税務対策を考えられるようになりました。
以前と比べ法人税率は格段に低くなっていることをはじめ、税務を取り巻く環境は激変しております。
このことを多くの経営者の方々に知っていただきたいと思いながら日々業務をしております。

因みに、私の家は母子家庭だったので蓄えがないことから給与の大半は家族の生活費に使っておりましたが、賞与については全額を貯金して何かあったときの備えとしておりました。
バブル景気の影響もありまとまった額を蓄えることも出来ました。
この蓄えが、税理士試験を受験していく上での助けになり、また、失業中の生活費の足しになりました。
資金はチャンスを逃さず蓄え、また、将来のために有効に使うことが重要であると思っております。

前向きに、明るく、少し先のことを考えながら、また周りに感謝しながら生きてゆくことが人生を豊かにしてくれていると確信しております。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
岡田尚士

【好きなこと】
・ 読書:好きな作家は吉村昭さん,新田次郎さんなど
特に吉村昭さんは特殊な状態に置かれた人間の行動を描くことをテーマとされていました。
2人以上の証言に基づかないと書かないことなど徹底して事実を書くことに力を入れておられました。
その中でも好きな話は、北海道ヒグマ事件を題材にした『熊嵐』や戦後引き上げられたイ号潜水艦沈没にまつわる『総員起シ』はお勧めです。
吉村昭さんの本を読んだことで、事実を事実として冷静に考える習慣が付いたと思います。

・ お城巡り:好きな城は津山城,大阪城
津山城、大阪城は現在ほとんどが石垣のみですが、過去にあった建物郡を想像しながら観て周るのは楽しいですね。

・ ワォーキング:震災後にダイエットではじめました。
1年で20kgのダイエットに成功しました。
1回で12キロほどを2時間ぐらいで歩きます。
琵琶湖疏水沿いを京都の平安神宮から大津まで歩くのは特に好きです。
ここ数年はサボっているので体重が・・・。


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